
「バックカメラが付いているから、後ろは画面で見れば大丈夫」——送迎の現場でよく聞く言葉です。しかし、カメラに映るのは車のすぐ後ろの一部だけで、画面の外から歩いてくる人や、車の横から後ろへ回り込む人は見えないことがあります。施設の駐車場や利用者宅前の狭い道では、送迎車のバック(後退)を避けられない場面があり、その周りには歩く速さがゆっくりな方や、車の音に気づきにくい方がいます。この記事では、道路交通法の後退のルールを確認したうえで、バックの回数を減らす送迎計画と、後退するときの確認・誘導の手順を整理します。
送迎車のバックにかかわる道路交通法のルール
まず、後退そのものについての決まりです。道路交通法第25条の2第1項は、次のように定めています。
車両は、歩行者又は他の車両等の正常な交通を妨害するおそれがあるときは、道路外の施設若しくは場所に出入するための左折若しくは右折をし、横断し、転回し、又は後退してはならない。
つまり、歩行者や他の車の通行を妨げるおそれがあるときは、後退そのものをしてはならないというのが法律の考え方です。同条第2項は、道路標識等で後退が禁止されている場所での後退も禁じています。
あわせて押さえておきたいのが、次の2つです。
▶ 後退するときは合図をする(第53条第1項)
運転者は、後退するときは手、方向指示器または灯火により合図をし、後退が終わるまで続けなければなりません。道路交通法施行令第21条の表では、後退するときの合図の方法として、腕による合図のほか、後退灯を備える自動車ではその後退灯をつけることが定められています。
▶ 他人に危害を及ぼさない速度と方法で運転する(第70条)
運転者は、ハンドルやブレーキなどの装置を確実に操作し、道路、交通及び車の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければなりません(安全運転の義務)。
ここで気をつけたいのは、後退灯がついていることと、周りの人が気づいていることは別だという点です。後退灯は法律上の合図ですが、車の後ろを歩く高齢の方が、ライトの点灯や車の音に気づくとは限りません。合図をしたうえで、人がいないことを自分の目で確かめる——この順番が基本です。
施設の敷地内でも「気をつけなくてよい」わけではない
道路交通法でいう「道路」は、道路法の道路などのほか「一般交通の用に供するその他の場所」とされています(第2条第1項第1号)。施設の駐車場がこれに当たるかどうかは、その場所の使われ方によって変わります。ただ、道路に当たるかどうかにかかわらず、敷地内のバックで利用者やご家族、来客にけがをさせれば、施設やドライバーの責任が問われうることに変わりはありません。送迎事故で施設が問われる責任についてはデイサービス送迎中の事故、施設の法的責任はどこまで?で整理しています。
バックカメラは「補助」と考える
道路運送車両の保安基準第44条の2は、自動車(二輪自動車などの除外があります)に、後退時に運転者が運転者席から車の直後の状況を確認できる「後退時車両直後確認装置」を備えることを定めています(ただし、運転者席から車の直後を直接確認できる構造の自動車として告示で定めるものは除かれます)。国土交通省は令和3年6月9日の報道発表で、この装置に関する国際基準を国内の保安基準に導入すると公表しました(装置はバックカメラ、検知システム又はミラーとされています)。継続生産車への装着義務化は、当初の令和6年5月1日から、能登半島地震などによる生産の遅れを受けて同年11月1日に延期されています。
ここから現場が受け取るべきことは2つです。
▶ 古い送迎車には付いていないことがある
この義務は、車がいつ作られたかによって適用が分かれます。複数の送迎車を使っている施設では、車ごとにバックカメラ・センサー・確認用ミラーなど、どの装置が付いているかを確かめ、ドライバーが乗り換えても戸惑わないようにしておきます。
▶ 付いていても「見えない範囲」がある
カメラやセンサーが確認するのは、車の直後の決められた範囲です。車の横から後ろへ回り込む人、画面の端から近づく人、背の低い障害物などは、映り方や検知のされ方によって見落としやすくなります。画面だけを見て下がるのではなく、ミラーと目視を組み合わせることを手順に入れてください。
バックの回数を減らす送迎計画
後退時の事故を防ぐいちばん確かな方法は、人が周りにいるときにバックしなくて済むように、あらかじめ計画しておくことです。
▶ 施設の駐車場は「出るときに前進」で停める
送迎の出発時や到着時は、利用者や職員が車の周りを歩く時間帯です。向きを変える必要があるなら、利用者がいない時間に済ませておき、乗り降りのあとは前進で出られるように停めます。駐車位置と向きを図にして、全ドライバーでそろえておくと迷いません。
▶ 利用者宅ごとに「転回の場所」を決めて送迎表に書く
行き止まりや狭い道の奥にある利用者宅では、どこで向きを変えるかを事前に現地で確認し、送迎表に残します。他人の敷地や駐車場を使わせてもらう場合は、了解を得たうえで記録しておきます。
▶ バックが長くなるルートは組み方から見直す
長い距離を後退しないと出られない場所は、回る順番や進入方向を変えることで解決できることがあります。ルートを見直すときは、所要時間だけでなく「どこでバックが必要になるか」も確認項目に入れてください。
後退するときの確認と誘導の手順
それでもバックが必要な場面では、確認の手順を決めて、誰が運転しても同じことをするようにしておきます。
ドライバー1人のとき
▶ 1. 下がる前に、一度車を降りて後ろを見る
特に、乗り降りが終わった直後や、しばらく停めていたあとは、車の後ろに人や物がないかを降りて確かめます。降りるときは、パーキングブレーキをかけ、シフトをパーキングに入れてエンジンを止めてから降ります(道路交通法第71条第5号は、車を離れるときはエンジンを止め、完全にブレーキをかけるなど、車が止まった状態を保つ措置をとるよう定めています)。
▶ 2. 窓を開けて、周りの音と声を聞く
人の気配や声に気づきやすくなります。
▶ 3. 画面・ミラー・目視を順番に確かめ、ゆっくり下がる
すぐに止まれる速さで下がり、少しでも見えない範囲が出たら止まって確かめ直します。
▶ 4. 「迷ったら止まる」をルールにする
時間に追われていても、確かめられないまま下がり続けないことを全員で共有します。
添乗介助者などが誘導するとき
▶ 誘導者はドライバーから見える位置に立つ
車の真後ろではなく、ドライバーがミラーで見られる斜め後方に立ちます。誘導者がミラーから見えなくなったら、ドライバーはすぐに止まると決めておきます。
▶ 車と壁・他の車の間に立たない
誘導者自身がはさまれる危険があります。
▶ 合図を事前にそろえる
「下がって」「止まれ」の合図を、声と手の動きでどう伝えるかを決めておきます。とくに「止まれ」は、はっきり聞こえる声で、誰が聞いても分かる言い方に統一します。
▶ 利用者に誘導を頼まない
善意で手伝ってくださる利用者やご家族がいても、誘導は職員が行います。
降りた利用者が車の後ろを通らないようにする
見落としやすいのが、降りたばかりの利用者が、車の後ろを回って玄関や施設の入口へ向かう場面です。乗り降りの介助をした職員が、利用者が車から十分に離れたことを確かめてからドライバーに合図する、という流れにしておくと安心です。乗降時の停め方や確認の手順はデイサービス送迎車の停車・乗降時の事故を防ぐ|道交法と安全確認の手順もあわせてご覧ください。
バック中にひやりとした場面は、場所と状況を具体的に記録して共有し、停め方や転回場所の見直しにつなげてください。
万一、バックで人や物にぶつかってしまったときは、すぐに車を止め、けが人がいれば救護と119番通報を優先します。道路で交通事故が起きたときは、運転者は直ちに運転を停止して負傷者を救護し、警察官に事故の日時・場所や負傷・物の損壊の程度などを報告しなければなりません(道路交通法第72条第1項)。施設の敷地内で起きた場合も、施設内だけで済ませず警察に連絡して対応を確認してください。施設・ご家族・ケアマネジャーへの連絡を含めた流れは送迎中に事故が起きたら?管理者が取るべき対応手順で時系列に整理しています。行政への事故報告が必要かどうかは、事業所の指定を受けている自治体の担当課にご確認ください。
判断に迷ったときの確認先
この記事は道路交通法などの条文に沿った一般的な整理です。個別の場所で後退や転回をしてよいか、道路標識や道路標示の意味については、その場所を管轄する警察署へご確認ください。送迎車に付いているバックカメラやセンサーの見える範囲・使い方は、車の取扱説明書や販売店でご確認ください。
出典:道路交通法(昭和35年法律第105号)第2条第1項第1号、第25条の2第1項・第2項、第53条第1項、第70条、第71条第5号、道路交通法施行令(昭和35年政令第270号)第21条、道路運送車両の保安基準(昭和26年運輸省令第67号)第44条の2=いずれもe-Gov法令APIで条文を確認(2026年10月時点)。国土交通省 報道発表「車両後退時の事故防止のための国際基準を導入します」(令和3年6月9日)、同「能登半島地震等を踏まえた自動車の安全・環境基準の適用延期」。本記事では、トリニードカイゴがこれらの内容を要約・編集して紹介しています。法令は改正されることがありますので、実際の対応の前に必ず最新の条文をご確認ください。
トリニードカイゴが、後退時の安全ルールづくりをご支援します
バック事故は、狭い場所で、ゆっくり動いているときに起きる事故です。バックしなくて済む停め方を決め、それでも下がるときの確認と誘導の手順を全員でそろえておくことが、事故を防ぐ近道です。
トリニードカイゴは、運行管理者資格と送迎ドライバーとしての実務経験を持つコンサルタントが、横浜市を中心に神奈川県内の介護施設の送迎ドライバー管理をご支援しています。施設の駐車場の停め方や、利用者宅ごとの転回場所の見直しについても、施設の状況に合わせてご相談いただけます。
送迎車のバックや駐車場での安全に不安のある方は、お問い合わせフォームからお気軽にご相談ください。


